#696 青蓮院門跡

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青蓮院門跡は、三千院、妙法院と並んで、天台宗総本山比叡山延暦寺の三門跡の一つとして古くより知られており、現在は天台宗の京都五箇室門跡(青蓮院門跡、妙法院門跡、三千院門跡、曼殊院門跡、毘沙門堂門跡)の一つに数えられています。
門跡寺院とは門主(住職)が皇室や摂関家によって引き継がれてきたお寺のことをいいます。
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起源は伝教大師最澄による「青蓮坊」ですが、平安時代末期に、青蓮坊の第十二代行玄大僧正(藤原師実の子)に鳥羽法皇が御帰依になって第七王子をその弟子とされ、院の御所に準じて京都に殿舎を造営して、青蓮院と改称せしめられたのが門跡寺院としての青蓮院の始まりなんだそうです。
明治に至るまで、門主は殆ど皇族であるか、五摂家の子弟に限られていました。
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青蓮院が最も隆盛を極めたのは、平安末期から鎌倉時代に及ぶ、第三代門主慈圓(藤原兼実の弟)の時で、「愚管抄」を残し、新古今時代の国民的歌人として「拾玉集」も残しております。
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慈圓は、時代の流れにも積極的な理解と対応を示し、当時まだ新興宗教(といっても仏教なので新興というのはおかしいのかも知れませんが)であった浄土宗の祖法然上人や、浄土真宗の祖親鸞聖人にも理解を示し、延暦寺の抑圧から庇護致しました。
それ故、現在でも青蓮院は、浄土真宗との関係は深いのです。浄土真宗の祖親鸞聖人は、上記慈圓門主のもとで得度したため、青蓮院は同宗の聖地の一つとなっています。親鸞聖人の得度の折、剃髪した髪の毛を祀る植髪堂が、境内北側に残されています。
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親鸞聖人の滅後、第八祖の蓮如上人の時代までの200年足らず、浄土真宗が寂れてしまったのはこの辺のところにも要因があるのかも知れません。
天台宗の門跡寺院の敷地に浄土真宗の祖・親鸞聖人の墓があることが不思議に思っていたのですが、そういう理由があったのですね。
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また、青蓮院は粟田御所と呼ばれており、「青蓮院旧仮御所」として国の史跡にも指定されているそうです。

#688、691、692、694、695は全て青蓮院で撮ったものです。

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by echoes06 | 2008-10-29 00:00

写真・イラスト・よもやま話


by おすぎ
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