大阪船場のある商家に口入屋(職業紹介所)から、おなべという奉公人がやってきた。
まあ、ルックスはお世辞にも良いとはいえず、店の男たちは「もっとましな女子衆はおらんかったんか。」と不平不満。
何とか理由をつけて帰ってもらえとワーワー言うとりますところへ、当家の御寮さんがやってまいります。
田舎の村の男から「お前ごときに大阪での奉公が勤まるものなら、立てた柱に花を咲かせたるわい。」と言われて田舎から出てきたので何としてもこちらで奉公させてもらい見返してやりたいと訴えるおなべ。
「うちは給金が安いけど、それでもええのやったら、うちで使うたげます。」という御寮さんの一言でここで働くことに。
あんな不細工な女・・・と店の男たちに不評を買ってたおなべでしたが、その働きぶりは目をみはるばかり。
用事を言いつけられる前に自ら用事を作ってテキパキと片付けていく。
今日は仕事が長引くと誰もが思うような日でも、一人で数人分の仕事をどんど片付けていく。
思いの外、仕事が早く片付いた日にゃ、店の者みんなの夕食が一品増える。
店の者の着物は番頭から丁稚にいたるまで襟垢もなく、いつもパリッと糊がきいてる。
知らない間に足袋の繕いがされてある。
誰彼のわけへだてなく、気づいたことをどんどんこなしていくおなべに店の者達の評価はどんどん上がっていきました。
店の者が寝静まったある夜のこと、腹具合が悪くなった丁稚が厠(トイレ)で用を足していると、窓の外に何かにとり憑かれたように軽業師の如く店の塀を飛び越えて外に出て行くおなべの姿を見てしまいます。
店の者にそのことを話すと、夜な夜な店の塀を飛び越えてどこかに行くおなべを見たという者が何人もいて、何か罪になるようなことをしているのではないかと不安になります。
早速、当家の旦那さんは番頭を呼び出して、おなべの部屋を調べるように言いつけます。
いくら奉公人とはいえ他人の持ち物を勝手に調べるのは抵抗があるのですが、かといって犯罪を犯しているかどうかもわからないのに訴え出るという訳にもいかず・・・
旦那と番頭は、おなべに御寮さんの芝居見物のお供をいいつけ、その留守の間におなべの荷物を調べました。
荷物といっても、奉公の時に持ってきた葛篭(つづら)が一つだけ。
蓋を開けて調べていくと、奉公のときに持ってきた着物や帯がしまわれておりましたが、一枚一枚とみていくうちに、何やら生臭い臭いがしてきました。
最後の一枚をめくってみるとその下には・・・
この続きは次回に…といったら、この話を知らない方から「最後まで書かんかい」とお叱りを受けそうなので
最後の一枚をめくってみるとその下には・・・
ううう、おそろしや。やっぱり書くのは・・・
「勿体つけんと、早よ続きを書けっ!」
はいはい、わかりましたよ。
最後の一枚をめくってみると、白や黒やマダラの血糊のついた獣の毛皮がありました。
腰を抜かした旦那と番頭、あわてて葛篭の蓋を閉めると部屋から逃げ出しました。
旦那さんから番頭さんに命令が下されます。
「おなべが芝居から帰って来たら、事の真意を聞きだしなさい。」
番頭さんというと時代劇では店の金を横領したり、旦那さんを追い落として店を乗っ取る策略をしたり悪役で登場することも多いのですが、嫌な事も部下に言わなければならないこともありストレスの溜まる立場なのかも知れませんね。
気のすすまない番頭さん、かといって話さないわけにもいかず、芝居から返ってきたおなべを自分の部屋に呼び出し、話をしようとするものの中々話が切り出せません。
そりゃあ、そうでしょう。
ひょっとすると、おなべに飛び掛られて喉元を掻っ切られてしまうかも知れないという不安があるわけですから。
もごもご口ごもり、国許のことや芝居はオモシロかったかというようなことを聞いてばかりで本題に入れません。
その様子をみたおなべが切り出します。
「この店に奉公に来たときはオモシロイ顔をした番頭さんじゃのうと思うとりましたが、なかなか気のええ人じゃということもわかってまいりましたんで、番頭さんがその気なら、ワシ番頭さんの嫁になっても構わんです。」
見当違いも甚だしい。
このままでは埒があかないと意を決して、先ほどおなべの部屋で見たことを話しました。
「あれを見なさったのか。見られたのなら仕方ない。」
ことの経緯を話し出すおなべ。
「ワシのお父ぅさ百姓のかたわら山猟師をやっておってのう。お父ぅ、もう殺生はやめてけろと言うとったんじゃが聞き入れてもらえなんだ。親の因果が子に報いっていうやつですかいのぅ。ある日、飼っていた子猫が足に怪我したのを舐めてやったのが発端となって、猫の血の味を覚えてしもうたんです。こんなことしちゃいけんと思いながらも、夢うつつに毎夜店を抜け出しては猫を襲っっとんたんです。止めなきゃいけんと思いながら気がつけば猫の喉元に食らいついとるんです。もうこんなことは致しません。夜出歩かないようにワシをグルグル巻きにくくりつけよってもけっこうです。なにとぞ、なにとぞ、ここを追い出さねえで下せえ。」
「昼間はあれだけの働き者のお前さんがなあ・・・猫かぶってたんやなぁ。」
という番頭さんの言葉がオチなのですが、この話を聞いた時、何とも恐ろしげな感じ以上に話しが突然プツンと切れてしまったような、もやもや感が残ったものです。