その日の朝、用があって兄貴の住む長屋へとやってきた秀でしたが、あいにく兄貴は留守だったようで引き
返したところ、角の駄菓子屋に一文笛が卸されたところで、子供たちが群がっておりました。
手に取ってみる子、早速笛を買ってピーピー吹く子。
そんな子供らの輪から少し離れたところに、ボロボロの着物を着た男の子が立ってその様子を見ておりま
した。
やがて、その子も駄菓子屋に近づいていき、他の子供らに交じって一文笛を手に取ったところ
「銭のない子は触ったらアカン。あっち行き。」と店の婆さんに笛を取り上げられてしまいました。
その様子を見ていた秀は貧乏だった自分の子供のころを思い出し、一文笛を盗んでそっとその子の着物の
懐に入れて帰ってきました。
駄菓子屋の婆さんに怒られて輪の中から離れた男の子は、ふと自分の懐に一文笛があるのに気付きま
した。
不思議に思ったのかも知れませんが、そこは子供の事。懐から笛を出してピーっと吹きました。
その音に気付いた婆さんは「この盗人め。」と、捕まえてその子の家に引き出しました。
その子の父親は元は士族でしたが、腰を患い手内職をしながら粥をすする毎日でした。
母親は既に死んでしまってます。
「盗んでない」と泣き叫ぶ子供。実際に盗んでいないのだから、この子の言うことは正しいのですが、懐に一
文笛が入っていたのではどうにも言い訳ができません。
「いくら貧しいからと言って、人様のものを盗むような子に育てた覚えはない。」
父親は我が子を家の外に放り出しました。
長屋の連中が「もう、許してっやったら。」と頼んでみても、許さない父親。
表で泣く声がしておりましたが、鳴き声がおさまった。
長屋の連中が表に出てみると、その子は井戸に身を投げておりました。
あわててその子を井戸から引上げたのでしたが・・・
「その子は死んだんかっ!」
「いいや、死んではおらん。死んではおらんけど全く意識のない状態や。」
「早よ、医者に診せな。」
「ああ、医者には診せた。けど、この辺の医者ではどうにもできん。」
「治せる医者はおらんのかっ!」
「北浜の高田ちゅう医者なら治せるかも知れん。」
「ほな、その医者に・・・」
「腕は確かなんやが、金が大好きで、カネのない奴は診てもらえん。何とかうまいこと言うて長屋まで引っ張
ったんやが・・・。」
「どない言うてた?」
「このまま放っておいたら、おそらく死ぬ。助かったとしても意識のない状態がずっと続くじゃろう。」
「先生、この子は助からんのでしょうか?」
「ま、わしの所に入院させたら八割方、後遺症もなく治せるじゃろう。」
「そう言いながら何か紙を出して長屋の連中に見せよった。」
「何て書いてあってん?」
「入院するには前金で三十円。」
「なんやて、そんな金・・・」
「そうや、長屋の連中の有り金かきあつめても、三十円の金があるかどうか・・・」
「・・・」
「秀・・・、おまえなぁ、人助けでもしたつもりになって、ええ気になってたんかも知らんけど、お前が盗った一
文笛のせいでこの子が助からなんだらどないすんねん。どう責任をとるんじゃ!」
「す・・・すまん兄貴。ワイが浅はかやった。あの子に死なれたら、ワイもう生きていかれん。」
そういったかと思うや否や、袂から匕首を出して己の右手の人差し指と中指をズバッと切り落としてしまい
ます。
「もう、金輪際ワイはスリをやめる。」
兄貴はあわてて秀の指に布を巻いて止血し、早いこと医者に行って来いと言い渡します。
翌日、兄貴のところに秀がやってきます。
「秀、血は止まったんか。」
「医者に診てもろて、血は止まった。それより兄貴、この中におそらく四、五十円は入ってるはずや。これで、
あの子を治してやってくれ。」
「おまえ、あの医者から抜いたんか。」
「すまん、もうスリは止める言うたけど、今回だけは堪忍してくれ。あの子が死んだらワイは詫びても詫びき
れん。償っても償いきれん・・・」
「・・・」
「その代り、あの子が助かったのを見届けたら、警察に出頭して裁きでも罰でも何でも受ける。」
「・・・そうか。けど、おまえ人差し指と中指を飛ばしながら、よう抜けたな。」
「兄貴、実はなぁ、ワイ左利きやねん。」
話の途中でオチがわかったかも知れませんね。
財布をすられた医者がいつまでも気付かないということはないし、金がなかった長屋にいきなり大金が用意
できたということで、おかしいと感付くと思うのですが、それはそれ。
落語のことなので深く追及しないように。
返したところ、角の駄菓子屋に一文笛が卸されたところで、子供たちが群がっておりました。
手に取ってみる子、早速笛を買ってピーピー吹く子。
そんな子供らの輪から少し離れたところに、ボロボロの着物を着た男の子が立ってその様子を見ておりま
した。
やがて、その子も駄菓子屋に近づいていき、他の子供らに交じって一文笛を手に取ったところ
「銭のない子は触ったらアカン。あっち行き。」と店の婆さんに笛を取り上げられてしまいました。
その様子を見ていた秀は貧乏だった自分の子供のころを思い出し、一文笛を盗んでそっとその子の着物の
懐に入れて帰ってきました。
駄菓子屋の婆さんに怒られて輪の中から離れた男の子は、ふと自分の懐に一文笛があるのに気付きま
した。
不思議に思ったのかも知れませんが、そこは子供の事。懐から笛を出してピーっと吹きました。
その音に気付いた婆さんは「この盗人め。」と、捕まえてその子の家に引き出しました。
その子の父親は元は士族でしたが、腰を患い手内職をしながら粥をすする毎日でした。
母親は既に死んでしまってます。
「盗んでない」と泣き叫ぶ子供。実際に盗んでいないのだから、この子の言うことは正しいのですが、懐に一
文笛が入っていたのではどうにも言い訳ができません。
「いくら貧しいからと言って、人様のものを盗むような子に育てた覚えはない。」
父親は我が子を家の外に放り出しました。
長屋の連中が「もう、許してっやったら。」と頼んでみても、許さない父親。
表で泣く声がしておりましたが、鳴き声がおさまった。
長屋の連中が表に出てみると、その子は井戸に身を投げておりました。
あわててその子を井戸から引上げたのでしたが・・・
「その子は死んだんかっ!」
「いいや、死んではおらん。死んではおらんけど全く意識のない状態や。」
「早よ、医者に診せな。」
「ああ、医者には診せた。けど、この辺の医者ではどうにもできん。」
「治せる医者はおらんのかっ!」
「北浜の高田ちゅう医者なら治せるかも知れん。」
「ほな、その医者に・・・」
「腕は確かなんやが、金が大好きで、カネのない奴は診てもらえん。何とかうまいこと言うて長屋まで引っ張
ったんやが・・・。」
「どない言うてた?」
「このまま放っておいたら、おそらく死ぬ。助かったとしても意識のない状態がずっと続くじゃろう。」
「先生、この子は助からんのでしょうか?」
「ま、わしの所に入院させたら八割方、後遺症もなく治せるじゃろう。」
「そう言いながら何か紙を出して長屋の連中に見せよった。」
「何て書いてあってん?」
「入院するには前金で三十円。」
「なんやて、そんな金・・・」
「そうや、長屋の連中の有り金かきあつめても、三十円の金があるかどうか・・・」
「・・・」
「秀・・・、おまえなぁ、人助けでもしたつもりになって、ええ気になってたんかも知らんけど、お前が盗った一
文笛のせいでこの子が助からなんだらどないすんねん。どう責任をとるんじゃ!」
「す・・・すまん兄貴。ワイが浅はかやった。あの子に死なれたら、ワイもう生きていかれん。」
そういったかと思うや否や、袂から匕首を出して己の右手の人差し指と中指をズバッと切り落としてしまい
ます。
「もう、金輪際ワイはスリをやめる。」
兄貴はあわてて秀の指に布を巻いて止血し、早いこと医者に行って来いと言い渡します。
翌日、兄貴のところに秀がやってきます。
「秀、血は止まったんか。」
「医者に診てもろて、血は止まった。それより兄貴、この中におそらく四、五十円は入ってるはずや。これで、
あの子を治してやってくれ。」
「おまえ、あの医者から抜いたんか。」
「すまん、もうスリは止める言うたけど、今回だけは堪忍してくれ。あの子が死んだらワイは詫びても詫びき
れん。償っても償いきれん・・・」
「・・・」
「その代り、あの子が助かったのを見届けたら、警察に出頭して裁きでも罰でも何でも受ける。」
「・・・そうか。けど、おまえ人差し指と中指を飛ばしながら、よう抜けたな。」
「兄貴、実はなぁ、ワイ左利きやねん。」
話の途中でオチがわかったかも知れませんね。
財布をすられた医者がいつまでも気付かないということはないし、金がなかった長屋にいきなり大金が用意
できたということで、おかしいと感付くと思うのですが、それはそれ。
落語のことなので深く追及しないように。